ひぐらし

今年一番の最高気温を観測した今日も、夕方になるに連れて良い加減過ごしやすくなってきていた。僕は縁側に腰掛けながら、ふと視界に入った赤蜻蛉に人差し指を突き出した。蜻蛉は少し躊躇いながらも指に捕まると、すぐに羽を広げどこかへ飛んでいってしまった。

僕は一つ大きなため息をついた。普段ならこの時間は冷房の効いた部屋で一人ネットサーフィンにふけっているが、今僕は夏休みを利用して祖母の家に帰省していた。生憎ここに飛んでいるのは虫ぐらいで、wifiはとんでいない。手に余る僕は今更ながらにゲーム機でも持って来ればよかったと後悔している。

目の前の田んぼと雑木林は、夕日のお陰で赤く染まっていた。ひぐらしの憂いた羽音と小川のせせらぎ、それから風鈴の音色と首を振る扇風機の人工的な機械音。その全てがまるで一つの曲のように、協和音となって辺りに満ちている。

今日町内会でお祭りあるんだって

ふと子供の賑わい声が聞こえてきたからか、隣に座っている少女が思い出したかのように告げた。彼女の手に握られた藍色のうちわには、赤い金魚が描かれていたので、僕はなんとなく金魚すくいの光景が脳裏に浮かんだ。

キミは行かないの?

僕は聞いた。

行きたいな

彼女は足を遊ばせながら遠くを見ているようだった。それに僕は行くか行かないかを尋ねたつもりだったが、彼女から返ってきたのは少し的外れな答えだ。

町内会のお祭りなんて、低予算なんだから絶対しょぼいよ

それでも、だよ

僕は彼女が苦手だ。これまで一度たりとも彼女とまともな会話をした覚えがないし、何を考えているのか分からない表情が僕の懐疑心を一層に駆り立てた。彼女の心はいつだって此処にはない、そんな気さえする。だから僕は彼女の気をひくために、大きく咳き込んだ。これは独占欲なのだろうか。

行きたいってことは、行けないの?

彼女はこちらへ振り向くと少し驚いた顔を見せた。

ううん。行きたいってことは、行くんだよ

僕と彼女は違う。僕はこの瞬間改めてそう思い知らされた気がした。僕の中では願いというものは叶わないものだと結論づけていたのだが、彼女の中では願いは叶うものらしい。現に彼女はへんなのとくすくす笑った。

それから彼女はいつも通り、何を考えているのか分からない笑みを浮かべると、

貴方も、一緒に来て欲しいな

そう彼女が願ったから、きっとその通りになるのだろう。